ピアニスト

私の母の幼い頃の夢は、ピアニストになることだったそうだ。 ドイツの先生に習っていた。 その素質は、先生のお墨付きだったそうだ。

戦争が私の夢を台無しにした。 と母は戦争のせいにしているが・・・。 私の夢もある時期までピアニストだった。 私は気が多いので、他にもなりたいものはいっぱいあったのだが。 ピアノは、高校二年生の今ごろまで習っていた。ピアノ科を志すには、毎日8時間以上は、練習をしなければいけないといわれた。 私が習っていたピアノの先生は、新婚旅行先のヨ-ロッパで、ご主人を交通事故で失くされている。 彼女は自分の目の前で起こった悲劇をしばらく受け入れられずに、一時精神のバランスを崩されてしまった。ということだった。本当にあるのだなあ。こんなドラマのような話と当時の私は、かなりの衝撃を受けたものだ。 とても小柄で美しい先生だった。 目がきれいで、あんなにさみしそうに笑う人を 私は、それまで見たことがなかった。 ピアノのレッスンはとても厳しかった。 先生は、本当にピアノがお好きだったんだろうと思う。 先生はとても明るい方だった。明るいのだけれど、その明るさは、普通の人の明るさと、なんかどこか違っていた。うまくいえないけれど。 秋の晴れた日に、ふと先生を思い出すことがある。 先生は秋の日ざしような人だった。